2025/12/24 18:00
水瀬いのりが、11月30日に神奈川・横浜アリーナで【Inori Minase 10th ANNIVERSARY LIVE TOUR Travel Record】を開催した。
10周年のお祝いに華を添えるつもりが、書き出しから謝罪が始まるという幸先の悪さを許してほしい。
読者、そして関係各位に事前に謝っておくと、今回のレポートには本当にまとまりがなくなると思う。それでも、2015年12月2日から始まった10年間。水瀬いのりの活動を追いかけ続けて、本当にさまざまな感情を抱いてきた。その想いを、一朝一夕でまとめあげるなんてできない。きっと、彼女を支えるファンも筆者と同じような気持ちで、ここから振り返るツアーに臨んでいたのではないだろうか。
全国7都市8公演で開催され、11月30日に神奈川・横浜アリーナにてファイナルを迎えた【Inori Minase 10th ANNIVERSARY LIVE TOUR Travel Record】。今年9月発売のハーフアルバム『Turquoise』、ならびに自身初のベストアルバム『Travel Record』をセットリストの軸としたほか、【Inori Minase LIVE TOUR 2022 glow】以来、約3年ぶりとなる横浜アリーナへの“凱旋”。水瀬にとってホームと呼べる馴染みの会場だが、2daysでのステージは活動史上初となる。最後まで気合い十分な10周年ツアーだった。
幕開けを飾るは、すべての始まり=「夢のつぼみ」。大型LEDを用いて舞台を彩るバブルのシルエット演出は、2017年12月開催の初ステージ【Inori Minase 1st LIVE Ready Steady Go!】からサンプリングしたもので、制作陣の“粋”を読み取れる。筆者も生で拝んでいたのだが、デビュー当初の水瀬は笑顔だけど、笑顔じゃなかった。ステージ上に“笑顔だけじゃない”表情があるのはいまもなおだが、その意味はまったく違う。この10年間の歩みが頼もしい表情を覗かせるから。本当に幸せな変化だし、なんとも遠くに来てしまった。<未来はいつも手探りだけど キミの確かな声が聞こえる>の一節が、過去、現在、未来のすべてを線で繋いでくれる。
ライブ序盤からセンターステージ、そこまで続く花道を惜しげなく使うこととなった、3曲目「Ready Steady Go!」。先ほどの「夢のつぼみ」同様、本曲にも予言のような歌詞が散りばめられているのだが、そうした“答え合わせ”をするように、水瀬が途中で「そうでしょ?」と言わんばかりの眼差しで訴え、確認を送ってくるのがずるい。かと思えば、終盤の<きみとFly High Fly High 憧れてた あの夢まで 続くように>をメロディからあえて外し、お喋りのように無邪気に歌ってみたり。この1曲だけでも10年分の感傷に浸れるくらいなのに、ここから20曲近く、同様のエモを浴びせ続けられるなんて。幸せを歌えるようになった水瀬は、無敵の人すぎる。
本来、この類のレポートは対象者の歌声などにフォーカスすべきものだが、なぜか言及したくなる水瀬のナチュラルな表情。とはいえ、続く「Catch the Rainbow!」には約4分間を通して、彼女の柔らかな笑顔がステージ後方の大型LEDに投影され続ける、さながら“水瀬いのり大感謝祭”のような贅沢な時間があったのだから、こちらも触れなければ無作法というもの。会場中に手を振りながら、ハッピーオーラを振り撒いてく姿は、歩く空気清浄機。対して、その後に歌唱した名曲「アイマイモコ」では、目を細めているわけではないのに、愛おしく遠くを見つめるように。ひと言では語りきれない表情の機微を、カタカナ6文字で言い表すとすると……?
表情の話題はこの曲で最後にしたい。リキッドファンクナンバー「まだ、言わないで。」は元々がダンス調で、かつ物凄い緩急とあってか、バンド隊はスポットで音を足すアシスト的な役割を担うことに。打ち込みのハイハットに、水瀬の歌声。シンプルな音の空間を浮遊する感覚は、この曲だけの特別なものだった。最後はマイクを両手で握る可憐さを放ちつつ、なにか大切なものが自身の背後からすり抜けていってしまうようなーー曲終わりのはっとした表情と臨場感を伴う吐息は、原曲の再現に止まらない域だった。あのとき、水瀬はどんなことを考えていたんだろう。
この「まだ、言わないで。」から、本編中盤の『Turquoise』セクションが始まる。明確にそう銘打たれていたわけではないが、わりとこのあたりに楽曲が固まっていた印象だ。続くは、このツアーで歌わずして、という「アニバーサリー」。水瀬はセンターステージに立ち、会場全体を何度も見渡しながら、10年間という代え難い時間を愛するかのように、腕を広げて何度もハグの仕草をしていた。
続く「My Orchestra」では、大サビから一気に放つ開放感、その直前の<いま此処で咲くいのり>でのリズムを区切って階段をどんどんと登っていくような独特のメロディ運び。我々の旅がまだまだ終わらないとでも示してくれるかのよう。すまり(須磨和声)によるバイオリンが生演奏なだけに、いつか弦楽器すべてを生で……と、オーケストラコンサートの実現可能性まで勇み足に伺いたくなってしまった。
本ツアーの名目は“10周年のお祝い”だったため、普段よりもやや絞られる印象だったシリアスタッチな楽曲セクション。「Starry Wish」を経て、「スクラップアート」でほぼ確信となったのだが、水瀬の歌声は“ある特性”を持っているらしい。それは、トラックの圧が増すほど、歌声がしなやかになること。
普通に考えれば、サウンドと歌声の力強さは比例し、大振りになるはず。一方、水瀬の歌声はトラックをいなすのともまた違う形で、細かく技術を詰めたものになっていくのだ。感覚値の話を文字に起こすのも考えものだが、こぶしやロングトーンでいえば、前述の「アイマイモコ」での方が力強さを伺えた。筆者は元来、彼女の歌声をクリアボイスだと繰り返してきたが、こうした技術を伴うギャップもまた、生まれ持ってのギフトが合わさってのもの。そこから生まれるオリジナリティが、客席の熱を育んでいるのだと思う。
とはいえ、この例がすべての楽曲に当てはまるわけではない。現に、次曲「NEXT DECADE」の難解さを前に、“しなやか”などとは言っていられない。制作当時のエピソードとして、水瀬自身も作詞を務めた岩里祐穂に「ごちゃ混ぜで整理できない脳内をそのままお伝えしてしまい」と語っていた通り。水瀬はあれから歌う上で“答え”と呼べるものは見つかったのか。とりあえず一回、腰を落ち着かせて、この曲について会話をさせてほしい。まだまだ意味を理解しきれていない。いや、“逃げ”ではないが、我々側がこうして答えを探し続けるのも、この曲に限ってはナシからアリになるのかもだが……。
今回のセットリストで最難関だったと思われるのが「海踏みのスピカ」。またしてもインタビューから引用すると「自分よりも作家さんの方が私のよさを理解してコードなどを組んでくださっているのかと思います」との発言があったわけだが、この曲はまさにその真骨頂。そのためだろう。水瀬の楽曲でもトップクラスにキーが高くなっている。
実際、1コーラス目では、左手を水平に上下させることで、歌声の高さをなんとか調整しているような姿が見られた。そんな至難の一曲で、リズムを自分に引き寄せる。向かうのではなく、こっちに来させると言わんばかりの気迫が伝わってくる。最後の大サビでは、ブレイクで右足を大胆にキック。ハイエナジーだ……。
本編終盤に入り、「Starlight Museum」の歌唱中には涙が溢れる瞬間が。わずかな時間、マイクが口元を離れたなどではなく、両手で顔を覆ってしまうくらい、綺麗に感情が込み上げてきてしまった。一度は歌に戻ろうとするも、感情が勝ってそれを許さず。それでも涙を拭い、持ち直したボーカルは“持ち直した”のレベルではなかったし、最後にスカートを押さえて一礼するところまで、映画のワンシーンのようにドラマティックだった。
「Starlight Museum」は自らが作詞に参加した思い出の一曲。なおかつ、これまで数々の思い出を“栞って”きたこの横浜アリーナも、2020年12月開催の無観客配信ライブ【Inori Minase 5th ANNIVERSARY LIVE Starry Wishes】で立ったのが初めてのこと。当時はとにかく寂しくて不安だったが、いまやファンの中心で〈「ありがとう、好きだよ!」〉の想いをリアルタイムで交換できるようになった。ライブ冒頭、ずる賢く泣かせようとしてくる小5男子な客席に対して、泣くときは自然と、言葉を紡げなくなって涙する、と飄々といなしていた水瀬だったが、そんな伏線を回収するように、涙腺が一気に決壊した。
この後に控えていたのが「harmony ribbon」「Innocent flower」と、ともにメッセージソングというギルティな展開と対峙しつつ、特に前者では〈何だってなれる気がした 虹の雨上がり〉〈後悔も 流した涙も 未来に蒔いた種〉など、先ほどの涙から“虹の雨上がり”が訪れたのも束の間。本人の予告通り、歌うにつれてその瞳がしっかりと潤んでいたことをここに書き残しておきたい。
“くらりトロッコ”の上とは思えぬ大ジャンプをカマした「Turquoise」。「HELLO HORIZON」「glow」などを組み込んだ、自身初挑戦の楽曲メドレー。そこから、この10年間で培った頼もしさや力強さを、片手に握ったドラムスティックでのやや控えめな演奏で示した「夢のつづき」など、アンコールでも夢の時間が続く。
ただ、特筆したいのはこの後のWアンコール。ステージに置かれた、マイクスタンド。久しぶりの横浜アリーナ。最初に立ったときは無観客で、最後に立ったときも客席からの歓声はまだ制限下にあった。約3年の時を経て、「僕らは今」ーー。
ここまで割愛してきた、この日のMCについても少しだけ触れておきたい。「みんなに応援してもらえてなかったら、この場所に辿り着けていないですし、こうして歌を届けることもできていません」「今日だけといわず、今日がゴールではなくーーここから始まる新しい私たちにもついて来てくれたらうれしいです」とは、ライブ冒頭にあった宣誓の言葉だ。
10年間も旅を続けていれば、通り雨が降ることもある。それでも「めちゃくちゃ好きだから続けることができて、好きだから悩んで、好きだから涙して、好きだから真剣に、ずっとずっと向き合ってきたアーティスト活動でした」。長い時間を掛けたからこそ、いまはこれからの成功と失敗、どちらにも不安を覚えることなく、「私は私らしく10年を歩んできたので、自分だったからこの10周年を見られているって誇りに思えています。どんな日も諦めず、そして前を向いてちゃんと歩き続けた自分を褒めてあげたいです。本当に……水瀬いのり、えらいぞー!」と、自分自身を肯定してあげられるようになった。
最初に記した「夢のつぼみ」にも繋がるところだが、言語化の有無は問わずも、この旅路の途中どこかで、ファンも薄々気づく瞬間があったことだろう。このアーティスト活動の10年間は、水瀬いのりが、水瀬いのりを認めてあげるための過程だった。そして我々は、それを同じスピードで歩み、見守る存在なのだと。先ほどの「僕らは今」を歌い終えて、大きいはずの横浜アリーナが小さく感じた。きっと、みんなが近寄ってきてくれたから、とは本人の言葉である。アリーナ規模の会場で、ライブハウスみたいな盛り上がり方で遊ぶ。そんな水瀬はもう、疑いようのないくらいにスターだ。
この日の別れ際、水瀬は10年間、頑張ってきてよかったと振り返っていた。加えて、ここからはボーナスタイムで、本当に好き放題をしていくとのこと。どうぞ、好き放題をしてほしい。我々の想像の上の上を突き進んで、急にライブ演出にサンバを取り入れるでも、なぜかテクノ4時間セットを組むでも、なんでもしてみてくれ。色々な意味で「“僕らは今”、なにを見させられてるんだろう?」と呟かせてみてくれ。多少は驚きこそするかもしれないが、どんと来いである。
水瀬いのりに、そんなことを言いたくなるのはどうしてか。あまり上手くは言えないが、きっとたぶん、<どんなに馬鹿げたことだって 君となら何だって出来る気がしてるから>だと思う。
Text by 一条皓太
Photo by 加藤アラタ(Kato Arata)/三浦一喜(Miura Kazuki)
◎公演情報
【Inori Minase 10th ANNIVERSARY LIVE TOUR Travel Record】
2025年11月30日(日)
神奈川・横浜アリーナ
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<インタビュー>水瀬いのり、アーティストデビュー10周年を迎えた今何を想うのか――2ndハーフアルバム&ベストアルバムを深掘り















